自己紹介

松下彰利【幼少期編】

「松下彰利の物語」
第一話
【幼少期編】です
 
 
 
よろしく
お願いいたします。
 
 
 
  

さかのぼること
 
昭和57年の今日 
 

私は松下家の長男として
この世に生を受けました

何のために生まれてきたか

その答えは今もなおわかりませんが

3000g後半という
比較的大きな体で生をうけました。
 
頭が大きく
産道をうまく通過できなかったので

急遽、帝王切開で私は生まれてきたようです。
 
 
 
 

私の父は産まれながらに障害を持った人でした。
詳しい方ならご存知と思いますが白子症。俗にいうアルビノですね
 
 

ちなみに
幼少期は自分の父親が人と違う姿だったので
それを受け入れれませんでした。
 
 
 
友達を家に呼ぶときは出来るだけ父親がいないとき

ひどいときは父親に

友達がいるから部屋から出ないで欲しいとか
まで言ってました。

今、考えると
ホント切なくなり心が痛みます。
 

 

「ごめん。おやじ」
 
 
 

家族構成は

そんな父親と
宮崎県出身の母

姉弟は
2歳上に姉と
4歳下に弟

5人家族でした。 
 
 
 

父親の仕事は病院でリハビリでした。
通常、理学療法士が行う仕事ですが
父は盲学校でとった鍼灸の資格でしたが仕事内容はリハビリでした
のちにこのことが今の仕事に就くきっかけにもなりますがそれは
また違う機会に書きます
 
 
 

西成区の病院が勤め先だった父は
障害のため生きていくために転職は出来ない
そんななか子供や妻をしっかり育て上げ

そういう部分では本当に尊敬しております
 
 
 
  

しかしながら 
幼年期のことは正直
はっきりと覚えていませんが

父親がよく口にしていたことで印象に残っているものをいくつかあげると

所詮、他人は他人
友達がご飯を食べさせてくれるのか?

世の中、結局お金とか

あとは
よくテレビみながら姉と父この人は賢いとか頭悪いとかそんなことばかり言っているイメージでした。
 
 

基本、父親の発言のこれらすべてが当時から嫌でした。
 
 

当時は
友人が自分にとってとても大きな存在でしたし
それを否定されるのがとても嫌でした
父が友人の中身でなく
当然なんですが家柄とかで何か言っているのが我慢できなかった
 
 

そう覚えています
 
 

特に目立った特徴もない子供でしたが
ゲームとお笑いとヒーローものが大好きな少年

私はそんな子供でした。
 
 
 
 
 

小学校1年からサッカーを始めました。

いまでは考えられませんが

第1回目の練習で思いっきりコーチに体罰を受けたのをハッキリ覚えています。笑

ほんとコーチ怖かったです。

5年生くらいまではサッカーが
正直うまくなりたいと思ってませんでした。

サッカーを始めたきっかけは
よくある

仲の良い友達がやるから

ほんとうにそれだけでした。
 
 
 
 

「この友達とは色々とあるんですがそれもまた今度書こうと思います。」

土日の試合や練習が雨で休みになるのが

本当にうれしかったのを覚えています。
 
 
 
 

6年生になって

人生で初めて嫌いと思った人間が現れました。

当時
練習や試合
プレーのたびにそのチームメイトに怒鳴られて

すごく嫌だったのを覚えています。
 
 
 
試合にでたら
怒鳴られるんで試合には出たくなかった
けど
 
 

なぜかコーチは私を使ったので
やるしかありませんでした。
 
毎回、罵倒されてたし
 
チームの空気は嫌いでしたが
  
 
 

なぜか
  
 
 
 

サッカーはどんどん好きになって
 
いきました。
 
小学校を卒業したあとは
 
普通にそのまま
地元の中学に入学するのですが
 
サッカー部がとても弱かったので
 
私はクラブチームに入る選択をしました。
  

 

これが
 
今後の人生を大きくかえるのですが
 
それは、また次回お話します。
  
 
 
 

昨日の投稿で今日は成果がどうすれば出るか今日お伝えすると言いました。
 
が内容変更しました。(また後日投稿していきます)
 
申し訳ございません
 
 
 
 
 

明日は第二話「青年期編」
 
きょうはこの辺で!