自己紹介

松下彰利【青年期編】

【松下彰利の物語「青年期編」】

いかがでしたでしょうか?
 
昨日投稿は
 
いきなり振り返ったので驚かれた方もいるかとはおもいますが

基本的に私、過去は振り返らないのですが

36歳になり

少しでも今後のために皆さんに自分という人間をしっていただくため

全6回にわたり人生を振り返ることにしました。
 
 
 
 
 
 
いままで誰にも言わなかったことや

言えなかったことなど包み隠さずそのすべてを出来る限り公開していこうと思っています。

そして

昨日は父が障害をもって生まれたことを告白しました。

障害を以て生まれてくる子供というよりは
その家族、という目線で
もしかすると誰かと共感できる部分があるかも知れまん。

 
 
  
 
 

 
 
本日は

第2話

青年編ということで

お伝えしようと思います。

中学生になり

私は地元のクラブチームで

サッカーと

中学校では
ソフトテニス部に入りました。
 
 
 
 
理由は楽そうだから。笑

テニスされているかたいたら

申し訳ございません。

テニス部では
ほとんど練習せず

サボってた記憶しかありません。
 
 
てな具合に
順調にスタートした
 
楽しい中学校生活
 
成績もなかなか良く
テニスも遊びも
そしてサッカーも
 
楽しい毎日に満足し過ごしていました。
 
こののちに大きく
今後の人生が変わることを予想もせずに、、、
 
中学校生活もだいぶ板につき
 
1年生もそろそろ終わろうかという
確か3学期の事でした。

事件が起きます。
 
 
   
 
ある日

突然、クラスのみんなから
 
無視されたのです。
 
本当にびっくりしました。
  
当時の私は
本当に苦しくて悩みました。
  
クラスに喋る人もいなかったんで
 
毎日、本当に学校が面白くなかったと記憶しております。
 
 
 
 
 
何年後かに
 
嘘か本当かしりませんが
無視された理由は聞きました
まぁ、今きけば思えば中学生っぽいなって
感じです。
 
しかし
 
当時の私には
大、大、大
事件だった訳です。
 
 
 
 
学校では
嫌われて喋る人がいませんでしたが
 

サッカーでは
そんなこともなかったので
 
 
そこは唯一の逃げ場所でした。
 

2年まで
頑張ればクラスも変わり状況も変わると信じて何とか耐えきりました。
 
クラスが変わり
メンバーも変わり
まるで何もなかったかのように
 
2年生が
スタートしました。
 
出来る限り
同じ轍は踏むまいと
 
最新鋭の注意を払いつつ
 
2年生を過ごしました。
 
今思えば、この2年生が
本当に楽しくて
 
中学校の良い思い出は
全てココに集約しております。
 
 
 
 
3年生になり
 
地元のサッカーのクラブチームが解散したので
 
私は、学校のサッカー部に入りました。
 
 
3年生になって
 
皆が受験や志望校を考えだしたころ
 
特にやりたいこともなく
 
行きたい学校もなく
 
少しすれていた
 

私は、学歴主義な家庭に反発し
 
どんどん勉強しなくなりました。
 
学校も行かなかったり
 
サボったりと
 
俗に言う反抗期でしょうか?
 
悶々とした
日々を過ごしました。
 

確か
3年生の2学期くらいだったと思います。
 
仲が良いと思ってた
友達にいきなり殴られました。
 
理由は
私が彼の悪口を言っていたから
 
意味がわかりませんでした。
 
本当に言ってなかったし
思ってもなかったので
 
本当にショックでした。
 
悔しくて涙すら滲みました。
 
その後、嘘の噂を流した奴は発覚しましたが
 
もはや
 
どうでも良くなってました。
 

そこからはまた
友人グループから離れていき
 
気づけば
 
家に
引きこもっていました。
 
勉強もせず
ただなんとなくテレビを見てたと思います。
 
高校受験がはじまりました。
 
皆が受験を戦う中
 
1人で何か別のものと
戦っていました。
 
学校は途中からほとんど休んでいたので
 
内申書が悪く
 
公立高校に
行くにはかなりレベルを下げないと
行けないと言われました。
 

正直、その時は
 
高校など
どこでもよかったのですが
 
父親の強い押しがあり
 
私立の高校を専願で受けることになりました。
 
人間関係がめんどうになり
 
さらに人間関係に落胆していた私は
 
高校も全く乗り気では
ありませんでした。
 

そして

高校生活がはじまりました。

私は案の定サッカー部に入りました。

 
 

さあ、人生また

再スタートだ!

と思いましたが

思ったより

傷は深く、ひとを信じれない私は

とにかく新しい人間関係が本当に苦痛で

気づけばわずか1ヶ月足らずで

高校を辞めていました。 
 
 
 
 
 
 
 
さらに
16歳で高校を辞めた
私は、親とも上手くやっていけず
 

気づけば
お爺さんとお婆さんの家に逃げ込んでいました。
 
お爺さんとお婆さんは
 
私に一切何も聞かず
ただただ優しく接してくれました。
 
こうしてくれたおかげで
 
立ち直れたのかもしれません。
 
本当に感謝しています。
 
このときから
お爺さんお婆さん子に完全になりました。
 
こののち
皆が3年間高校生活をおくるのですが
 
私は引きこもり生活を送ることになるわけです。
 
 
 
 
 
 

人生について
考える時間は死ぬほどありました。
 
このとき
何しないといけない
 
そう思いながら
 
ただただ
 
惰性で過ごす毎日を送っていました。
 
堕落した生活ですが
 
それはそれで
 
辛い時期でもありました。
 
3年間で
アニメと
アメリカプロレス(WWF.のちのWWE)
ナインティナインの番組
オールナイトニッポン
 
それらが
 
このときの
人生の全てでした。
 
将来の不安と堕落
 
無も有が混ざって
 
逃げて逃げて逃げまくった
 
そこは無の境地でした。
 
毎日が休みの世界で
 
唯一の曜日を知るすべは
 
木曜日の深夜
99のオールナイトニッポン
でした。
 
 
 
 
オールナイトニッポンは
私が唯一
外の世界と繋がりを感じる
 

ひとときでした。
 
そんなこんなで
 
18歳を迎えました。
 
同級生たちは高校を卒業する時期です。
 
私はこれに全てをかけました。
 
このタイミングでひきこもりから

絶対に脱出しなければ

いっしょう
呪縛からは逃げれない

そう思ったからです。
 
 
 
 

 

18歳の私は

ここで

あることを決断しました。

それはお笑い芸人にを目指すこと

なんと

ひきこもりからの

NSC入学を決めたのです。 
   

 
ほんとぶっとんでます。笑

 
 
 

理由は一つ

99のオールナイトニッポンが
自分に生きる勇気を与えてくれたから

自分も同じように
いつかラジオから誰かを救えれば

そう思ったからです。

当然

ひきこもりの私には

社会の洗礼は優しくは
ありませんでした。

次回は
いよいよ
成人編

と言いたいところですが

少し1人の友人をめぐる
物語があるので

特別編と

いうことで明日は

書きたいと思います。

今日はここまで

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