【松下彰利の物語「特別編」】
こんにちは
いかがでしたでしょうか?
幼年期編
青年期編
もしかしたら似たような経験された方もいらっしゃるのでは無いでしょうか?
人生は本当に色んなことが起こります。
皆さんはどうでしょうか?
そして
本日なんですが
少し角度を変えて、
ある友人Y氏とのお話を少ししたいと思います。
幼年期編で出てきたサッカーを始めるキッカケになった彼ですね
今からお載せするのは
ちょうど10年前の5月
私がまだ25歳だった時に
書いたmixiに投稿した日記です。
読み返してみましたが
なかなか良く書けています。
感情が入った文章だけに
今から読む
皆さんにも当時の私の感情がよく伝わると思います。
書き直しても良かったのですが
今の私では気持ちが入ってる文章で書き直すのが難しいので
そのまま転載することにしました。
それでは第3話
【松下彰利の物語「特別編」】
スタートです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★
平成20年5月7日水曜日
世の中がゴールデンウイークを終え
慌ただしく動き出したころ
少し早歩きの人達
休んだぶんを取り戻すべく忙しいそうに走る車とエンジン音
5月なのに照り付ける太陽
まだまだ遊び疲れも抜けないそんな昼下がり
大阪の改装中の小さな駅でちょっぴり良い事があった
話は幼少の頃まで遡る
25年の人生の中でずっと悔やんでいたことがあった
やり残してた事
そしていつかと思っていた
そんな話
私には親友がいた
幼なじみで
竹馬の友と呼べる存在ではなかろうか
彼とはもの心ついたときから友達で
家は御近所
毎日のように遊び
学校へも一緒に通っていた
サッカーも彼がやると聞いて一緒にはじめたし
下らない事もほとんどは彼とした
家族ぐるみの付き合いで
松下家と彼の家族で一緒に旅行なんかも沢山行った
彼は母子家庭で
なんでもかって貰える彼がうらやましかった
彼の家でごちそうになるレモネードが好きだった
母親は小学校の先生で
私の事も可愛がってくれた
彼は鍵っ子だった
新しい遊びはいつも彼が発案し
彼と遊んでいるのはこの上なく楽しかった
そんな彼に常に私はくっついていった
彼もそんな私を親友と認め
幼少時代は彼のおかげで楽しいものだった
小学校の頃
小さな家出をした
捜してくれたのも
家族と彼だった
ある日
私が地面に叩き付けて割った硝子瓶の破片が彼の足に刺さる事件があった
怪我をさせて凄く落ち込む私に
彼は大怪我だったのにもかかわらず
故意ではないと私を許してくれた
彼は紛れも無く親友だった
確認をとったわけではないが
彼も私を認めきっと大事に思っていたはずだ
高学年になり
あまり遊ばなくなった時期とかもあったが
朝8時過ぎになると必ず彼ともう一人の幼なじみと二人で迎えにきた
短い小学校までの道のり
距離にすると300メートル程だが
寄り道しながらいく学校までは
まるで無限の宇宙だった
彼との友情
そして大人になっても
彼とはずっと友であると
その時は疑い無く思っていた
小学校を卒業し二人とも
地元の中学に進学した
毎朝迎えに来てくれてた
もう一人の幼なじみは私立の中学に行った
何が縁か
中学で初めて同じクラスになった
その頃になるとお互いの考えかたや個性も出始め
遊ぶ友達もかわってきていた
彼は6年続けたサッカーをあっさりやめバスケ部に入った
そして私はサッカーを続けた
中学1年の時
事件はおきた
今思えばみんなガキだった
何が原因で何が理由か細かい事は忘れたが
当時の私は今以上にひねくれていた
プライドが高かったし
素直に謝れなかった
彼が悪いと思っていた
素直に相談して話し合えば解決してたかもしれないが
当時の私はそれが出来なかった
思春期だった
その後
彼とは絶縁関係になった
彼は陰で私を罵り
私は彼を陰で罵った
2歳からの友情が終わった瞬間だった
その後
彼と口をきくことはなかった
二人は別々の高校に進学した
成績はよかったが遊びほうけた私と
成績は普通だったが努力した彼
気付けば私は普通の私立
彼は7学区で1番の公立高校へ進学した
その後
人間関係に悩み
ひきこもった私
彼は風の噂で北海道の大学へ行ったと聞いた
20歳になり成人した頃
突然彼の夢をみた
彼と仲直りし
遊んでいる夢だった
もう下らないプライドなんてなかった
いつか会う機会があれば
夢の様に仲直りしようと思った
幼少時代を過ごした大事な友達だった事にようやく気付いた
考えれば考えるほど
当時の自分は愚かだった
あやまりたいと思った
出来るならまた友達になりたいと思っていた
5年の歳月がながれた
気付けば25歳だった
大切な人も出来たり
気付けば私のまわりには心許せる仲間や信頼出来る沢山の友達がいた
もちろん
人生に後悔や悔いなんてない
やって来たことには
それなりに誇りをもってたし
間違いなんて思った事は1度もなかった
しかし
胸に残るシコリのようなもの
彼との復縁
出来なくても一言あやまりたかった
時々思い出しながら
広い日本で何処にいるかわからない彼
その内機会もあるだろう
と思っていた
死ぬまでには一度会いたいとおもっていた
そんなある日それは突然訪れた
いつもの様に何気ない風景
いつも様に電車に乗り込んだ
ドアが閉まろうとしたとき
一人の男性が大きな旅行カバンをもって駆け込んで来た
彼だった
彼は目が悪くなったのか
全くこちらには気付かなかった
10年ぶりにみたが
すぐに彼だとわかった
タイミングをうかがった
話し掛けるのに
緊張して戸惑った
そして迷った
冷たい反応がこわかった
10年の歳月がどう作用するか不安だった
勇気を振り絞った
今話し掛けなければ
彼と二度と話すことはないと思った
天王寺に着くと
彼は足早に改札に向かっていった
慌てて追い掛けて肩を叩いた
彼の名前が思わず口からとびだした
彼は私を見るとすぐに
「彰利」と口にした
心が晴れた瞬間だった
電車を乗り換えるまでの短い時間だったが
昔を思い出した
大人な対応
大人になっている彼を見て
さっきまで電車で緊張していた自分が小さく思えた
北海道大学を卒業した彼はさらに東京の学校に進み
映画監督を目指して頑張っていた
彼に今何をしているか聞かれた
胸をはって答えれない自分がいた
恥ずかしげにダンスばっかりやっていると答えた
彼は今から
東京に帰るところだった
携帯の番号を交換した
彼はダンスとかみたいから是非呼んでくれといった
そこに昔のような感覚は無く
お互い大人になっていた
パンフレット1枚渡し彼は去って行った
パンフレットを見た
そこには全く知らない彼がいた
素晴らしい才能と書かれてあった
彼は頑張っていた
凄く嬉しかった
突然やる気が溢れてきた
今すぐ大声で叫びたい気分だった
負けたくないと思った
胸を張れる人生にしたいと思った
気付けば
はや歩きしていた
★★★★★★★★★★★★★★★★★
はい。
いかがでしたでしょうか?
ここまでが
25歳の私が当時書いたものです
当時の感情は今も胸に残っております。
ちなみに
この話の
後日談なんですが
この彼とは
私が関東に行った時にご飯にいったり
大阪に帰って来た時に何度か飲みにいったりしました。
当時の心境や
当時の考え
当時の彼にとっても
中学生は暗黒の時代だったようで
そんな暗い
話しも今では
ただの昔話で
お酒のアテです。
彼とは
もちろん今も親交があります。
このとき
彼とつながって
そのつながりで
保育園の同級生たちと集まる機会ができ
今では年に一回
年始に毎年新年会をやったりしてます。
彼も私も結婚し
彼は映画監督はやめて
就職
たしかDHLジャパンだったかな?
私は現在
臨床検査技師
さらに
次のステージを目指して
起業家の道へ
人生とは
色んな人
色んな場所
色んな時
に彩られて
常に進んでいきます。
きっと皆さんにも
同じようなストーリーが
必ずあるはず
今日こうして
これを読んでくれた人と
いつかまた
深く関わること
あるか無いかはわかりませんが
もし
あるなら
私は本当に楽しみにしています。
少し長くなってしまいましたが
今日はこのあたりで終わろうと思います。
一生で出会える人の数はたいして知れています
そして
誰と深く携わっていくのか
誰と人生を共にしていくのか
偶然に見えても
全ては必然
あなたがそう
思ったから
今の自分が必ずそこにいます。
さあ、これからどうしていきましょう
全ては自分次第です。
明日は成人編と題して
ひきこもりからの脱出から
20代の自分を振り返っていきます。
是非、明日も読んでくださいね^_^
こんにちは
いかがでしたでしょうか?
幼年期編
青年期編
もしかしたら似たような経験された方もいらっしゃるので
人生は本当に色んなことが起こります。
皆さんはどうでしょうか?
そして
本日なんですが
少し角度を変えて、
ある友人Y氏とのお話を少ししたいと思います。
幼年期編で出てきたサッカーを始めるキッカケになった彼
今からお載せするのは
ちょうど10年前の5月
私がまだ25歳だった時に
書いたmixiに投稿した日記です。
読み返してみましたが
なかなか良く書けています。
感情が入った文章だけに
今から読む
皆さんにも当時の私の感情がよく伝わると思います。
書き直しても良かったのですが
今の私では気持ちが入ってる文章で書き直すのが難しいの
そのまま転載することにしました。
それでは第3話
【松下彰利の物語「特別編」】
スタートです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★
平成20年5月7日水曜日
世の中がゴールデンウイークを終え
慌ただしく動き出したころ
少し早歩きの人達
休んだぶんを取り戻すべく忙しいそうに走る車とエンジン
5月なのに照り付ける太陽
まだまだ遊び疲れも抜けないそんな昼下がり
大阪の改装中の小さな駅でちょっぴり良い事があった
話は幼少の頃まで遡る
25年の人生の中でずっと悔やんでいたことがあった
やり残してた事
そしていつかと思っていた
そんな話
私には親友がいた
幼なじみで
竹馬の友と呼べる存在ではなかろうか
彼とはもの心ついたときから友達で
家は御近所
毎日のように遊び
学校へも一緒に通っていた
サッカーも彼がやると聞いて一緒にはじめたし
下らない事もほとんどは彼とした
家族ぐるみの付き合いで
松下家と彼の家族で一緒に旅行なんかも沢山行った
彼は母子家庭で
なんでもかって貰える彼がうらやましかった
彼の家でごちそうになるレモネードが好きだった
母親は小学校の先生で
私の事も可愛がってくれた
彼は鍵っ子だった
新しい遊びはいつも彼が発案し
彼と遊んでいるのはこの上なく楽しかった
そんな彼に常に私はくっついていった
彼もそんな私を親友と認め
幼少時代は彼のおかげで楽しいものだった
小学校の頃
小さな家出をした
捜してくれたのも
家族と彼だった
ある日
私が地面に叩き付けて割った硝子瓶の破片が彼の足に刺さ
怪我をさせて凄く落ち込む私に
彼は大怪我だったのにもかかわらず
故意ではないと私を許してくれた
彼は紛れも無く親友だった
確認をとったわけではないが
彼も私を認めきっと大事に思っていたはずだ
高学年になり
あまり遊ばなくなった時期とかもあったが
朝8時過ぎになると必ず彼ともう一人の幼なじみと二人で
短い小学校までの道のり
距離にすると300メートル程だが
寄り道しながらいく学校までは
まるで無限の宇宙だった
彼との友情
そして大人になっても
彼とはずっと友であると
その時は疑い無く思っていた
小学校を卒業し二人とも
地元の中学に進学した
毎朝迎えに来てくれてた
もう一人の幼なじみは私立の中学に行った
何が縁か
中学で初めて同じクラスになった
その頃になるとお互いの考えかたや個性も出始め
遊ぶ友達もかわってきていた
彼は6年続けたサッカーをあっさりやめバスケ部に入った
そして私はサッカーを続けた
中学1年の時
事件はおきた
今思えばみんなガキだった
何が原因で何が理由か細かい事は忘れたが
当時の私は今以上にひねくれていた
プライドが高かったし
素直に謝れなかった
彼が悪いと思っていた
素直に相談して話し合えば解決してたかもしれないが
当時の私はそれが出来なかった
思春期だった
その後
彼とは絶縁関係になった
彼は陰で私を罵り
私は彼を陰で罵った
2歳からの友情が終わった瞬間だった
その後
彼と口をきくことはなかった
二人は別々の高校に進学した
成績はよかったが遊びほうけた私と
成績は普通だったが努力した彼
気付けば私は普通の私立
彼は7学区で1番の公立高校へ進学した
その後
人間関係に悩み
ひきこもった私
彼は風の噂で北海道の大学へ行ったと聞いた
20歳になり成人した頃
突然彼の夢をみた
彼と仲直りし
遊んでいる夢だった
もう下らないプライドなんてなかった
いつか会う機会があれば
夢の様に仲直りしようと思った
幼少時代を過ごした大事な友達だった事にようやく気付い
考えれば考えるほど
当時の自分は愚かだった
あやまりたいと思った
出来るならまた友達になりたいと思っていた
5年の歳月がながれた
気付けば25歳だった
大切な人も出来たり
気付けば私のまわりには心許せる仲間や信頼出来る沢山の
もちろん
人生に後悔や悔いなんてない
やって来たことには
それなりに誇りをもってたし
間違いなんて思った事は1度もなかった
しかし
胸に残るシコリのようなもの
彼との復縁
出来なくても一言あやまりたかった
時々思い出しながら
広い日本で何処にいるかわからない彼
その内機会もあるだろう
と思っていた
死ぬまでには一度会いたいとおもっていた
そんなある日それは突然訪れた
いつもの様に何気ない風景
いつも様に電車に乗り込んだ
ドアが閉まろうとしたとき
一人の男性が大きな旅行カバンをもって駆け込んで来た
彼だった
彼は目が悪くなったのか
全くこちらには気付かなかった
10年ぶりにみたが
すぐに彼だとわかった
タイミングをうかがった
話し掛けるのに
緊張して戸惑った
そして迷った
冷たい反応がこわかった
10年の歳月がどう作用するか不安だった
勇気を振り絞った
今話し掛けなければ
彼と二度と話すことはないと思った
天王寺に着くと
彼は足早に改札に向かっていった
慌てて追い掛けて肩を叩いた
彼の名前が思わず口からとびだした
彼は私を見るとすぐに
「彰利」と口にした
心が晴れた瞬間だった
電車を乗り換えるまでの短い時間だったが
昔を思い出した
大人な対応
大人になっている彼を見て
さっきまで電車で緊張していた自分が小さく思えた
北海道大学を卒業した彼はさらに東京の学校に進み
映画監督を目指して頑張っていた
彼に今何をしているか聞かれた
胸をはって答えれない自分がいた
恥ずかしげにダンスばっかりやっていると答えた
彼は今から
東京に帰るところだった
携帯の番号を交換した
彼はダンスとかみたいから是非呼んでくれといった
そこに昔のような感覚は無く
お互い大人になっていた
パンフレット1枚渡し彼は去って行った
パンフレットを見た
そこには全く知らない彼がいた
素晴らしい才能と書かれてあった
彼は頑張っていた
凄く嬉しかった
突然やる気が溢れてきた
今すぐ大声で叫びたい気分だった
負けたくないと思った
胸を張れる人生にしたいと思った
気付けば
はや歩きしていた
★★★★★★★★★★★★★★★★★
はい。
いかがでしたでしょうか?
ここまでが
25歳の私が当時書いたものです
当時の感情は今も胸に残っております。
ちなみに
この話の
後日談なんですが
この彼とは
私が関東に行った時にご飯にいったり
大阪に帰って来た時に何度か飲みにいったりしました。
当時の心境や
当時の考え
当時の彼にとっても
中学生は暗黒の時代だったようで
そんな暗い
話しも今では
ただの昔話で
お酒のアテです。
彼とは
もちろん今も親交があります。
このとき
彼とつながって
そのつながりで
保育園の同級生たちと集まる機会ができ
今では年に一回
年始に毎年新年会をやったりしてます。
彼も私も結婚し
彼は映画監督はやめて
就職
たしかDHLジャパンだったかな?
私は現在
臨床検査技師
さらに
次のステージを目指して
起業家の道へ
人生とは
色んな人
色んな場所
色んな時
に彩られて
常に進んでいきます。
きっと皆さんにも
同じようなストーリーが
必ずあるはず
今日こうして
これを読んでくれた人と
いつかまた
深く関わること
あるか無いかはわかりませんが
もし
あるなら
私は本当に楽しみにしています。
少し長くなってしまいましたが
今日はこのあたりで終わろうと思います。
一生で出会える人の数はたいして知れています
そして
誰と深く携わっていくのか
誰と人生を共にしていくのか
偶然に見えても
全ては必然
あなたがそう
思ったから
今の自分が必ずそこにいます。
さあ、これからどうしていきましょう
全ては自分次第です。
明日は成人編と題して
ひきこもりからの脱出から
20代の自分を振り返っていきます。
是非、明日も読んでくださいね^_^