自己紹介

松下彰利【成人編】

【松下彰利の物語「成人編」】

いかがでしたでしょうか?
 
 
 

特別編
 
 
 

過去は変えれないけど
今は変えれます。
  

勇気を持ってば運命が変わることを
人生が常に私に教えてくれます。
  

過去を思い出してください。
  
 
 

あなたにも
必ずあるはずです。
 

勇気を持って踏み出した瞬間が、、、
 

あの時、
勇気を出して本当によかった。
 
  
 
 

 

もし読んでない方は

前回の投稿

是非読んでください。
 
 
 
 
 

さて
それでは
青年期編からの続きに戻りたいと
思います



ひきこもりからのまさかのお笑い芸人という

ものすごい夢を抱いた



はたしてうまく行くのでしょうか?
 
 
 
 

ある事をキッカケに

ひきこもりの3年を
失った青春を
電撃の速さで取り返していくのでが

どうなるのでしょうか?
 
 
 
 

 
 

それでは
 

 

第4話
【松下彰利の物語「成人編」】

スタートです。
 
 
 

 


 
18歳の冬ごろ

ひきこもりの私に大きな変化が訪れました。

それは友人関係です。

まる3年のひきこもり生活は

社会復帰を困難にするには
十分な月日でした。

もちろん

私は、社会復帰に恐怖を抱いていました。

ひきこもり生活で誰とも関わりはなかったのですが
 
 
唯一
中学生の時のサッカークラブ
のチームメイト

双子のS君兄弟
隣町、羽曳野のM君

この三名とは

連絡をとったり
ごくごくたまにあったりしておりました。
 
 
 
当然
3人共私の状況は知っていたし

まぁ、それでも

私に付き合ってくれてたので本当に感謝しています。

ひきこもりからの脱却には本当に
パワーが必要でした。
 
 
 
 
 
 
 

四月からは

お笑いに挑戦してみたい

しかし

私はただの
ひきこもり

恐怖だけしかありませんでした。
 
 

脱却の一番大きな後押しとなったのが
M君の中学の同級生でした。
 
 
 

中学の時にサッカーを通じて少しだけ
やりとりがあった
 
 
 
となり町、羽曳野の
M君の中学校の同級生

彼らが
私のひきこもりを聞きつけ

呼んであげれば?

という

声があがったのです。
 
 
 

となり町のサッカー部のグループの集まりに
呼んでもらう。

当時の私は行くか
とても悩みました。

しかし

何とか
この生活から抜け出したい
 

藁をもすがる思いで私は
彼らのグループに飛び込んで行ったのです。
 
 

 

最初は本当に苦痛でした。
 
 
 

何を喋れば良いかわらない。
話題もついていけない。
 
 

ただただ

その場にいる事だけが
その時できる

精一杯でした。


 
 
しかしながら
 

 
 
毎回、毎回

集まりに参加していく

中でだんだん

徐々に

徐々に

 
 
 
 
となり町の同級生グループの中に
自分の居場所があるような気がしてきたのです。

最初は
わからない話ばかりでした。
 
 

しかし
月日を重ねていくうちに
 
 
 
自分が知っている話が増えていったのです。
 
 

私の遅れた
青春がスタートしました。

 

本当にたくさん遊びました。 
  

 

そして
遊びの中で

みんなからは本当に多くを学びました。
 
 
 

例えば
私は小学生、中学生のとき
いつでもなんでも話せる友達が欲しいと思っていました。
 

親友が欲しいなんて
思ってました。

上手くいかない友達関係に
わかってくれる友達が欲しいと思っていました。
 
 

 
 
 
でも
それは大きな間違いということに
みんなのおかげで
気づけました。
 
 
 
 
 

それは

人間はあなたにとって
都合の良いモノでは無いということ
 
 
 

大切なのは

人に求める事ではなく

自分がどうしたいかということでした。
 
 
 
 
 
友達の話をもっと聞きたい
何かあったとき助けたい。
この人たちと関わっていたい。

そんな気持ちが
大切な事に気づきました。
 




何かをしてもらう
どう思って欲しいとかで

ではなく



 
 
 
好きな相手に
一緒にいたい相手に
何をしてあげたい【したい】か?
この人に自分が何をしてあげれるか?
 
 
 

そう心から思えるようになった瞬間に
 

 
 
全ての人間関係は解決しました。
 


 
 
もし友達が少ないとか
友達がどうのこうのと
悩んでいるかたがいらしたら

こう思って下さい。
 
 

人に求めてはいけません。
どうして欲しいではなく
どうしてあげたいか?それを考えてください。

そうすれば

必ずうまくいきます。
  
  
 


 
 

 


それは

妻でも同じです。

彼女の人生
全てを肯定してあげてください。

その上で
自分がどうしたいのか

それだけだと
思います。
 

 
 
 
ひたすら【give】の心です。

求めてはいけません。
 


 
 

  

これが
私が人生が私に教えてくれた

極意でした。
 
 
 
 

 
話を戻します。
 
 
 
 

四月には、お笑いを
スタートさせましたが

あっさり脱落してしまいました。

NSCで
お笑いのネタ見せ以外に
何故かダンスの授業がありました。

お笑いを目指したのに

何故かダンスが楽しみになっていました。

本格的に
ダンスがしたいと思い

ダンス経験のあった友達に
教えを乞いに行きました。

それがブレイクダンスを始めたキッカケです。

友人グループを巻き込んでブレイクダンスをはじめました

友人と遊ぶのが楽しかったこと

ダンスが楽しかったこと

とにかく

お金のかからないダンスは

最高の趣味でした。 
 
 



その後

いろんなメンバーと

ダンスは30歳まで
続けていくのですが

それはまた別の機会にお話します。
 


 
これらがあったことが

私の今の人生のほとんど全てを形成しました。

ダンスをしながらのフリーター生活

誰もがふざけた事と
思うかもしれませんが

私はあのまま高校にいって大学をでたら

気づけなかったことが
本当にたくさんあったと思っています。

本当に
辞めて良かった^_^

今の友達に会えなかったらと思うと

ゾッとします。

そして
インターネット回線の販売をする会社で
働きました。
 
 
 

その後

営業の会社に就職

そして25歳になった頃

このままで本当にいいのだろうか?

そんな疑問に

苛まれます。

そして
現在の臨床検査技師を目指すのですが

それはまた

次のお話。

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